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卒業式の袴について(ゆうきくんのコーナーから) 旅から旅 07/2/4(日) 12:04

  Re:卒業式の袴について(ゆうきくんのコーナーから... 雪割小桜 07/2/14(水) 14:24
 ┣ Re:卒業式の袴について(ゆうきくんのコーナーから... yoshi 07/2/14(水) 17:21
 ┃┣ Re:卒業式の袴について(ゆうきくんのコーナーから... 雪割小桜 07/2/14(水) 18:18
 ┃┗ Re:卒業式の袴について(ゆうきくんのコーナーから... 雪割小桜 07/2/14(水) 18:58
 ┃ ┗ Re:卒業式の袴について(ゆうきくんのコーナーから... yoshi 07/2/16(金) 11:31
 ┃ ┣ 皇族における喪服の色について 優妃讃良 07/2/18(日) 20:22
 ┃ ┗ Re:卒業式の袴について(ゆうきくんのコーナーから... 雪割小桜 07/2/18(日) 22:01
 ┃ ┗ Re:卒業式の袴について(ゆうきくんのコーナーから... yoshi 07/2/19(月) 10:33
 ┃ ┗ Re:卒業式の袴について(ゆうきくんのコーナーから... 雪割小桜 07/2/19(月) 14:17
 ┃ ┗ Re:卒業式の袴について(ゆうきくんのコーナーから... yoshi 07/2/19(月) 16:18
 ┃ ┗ Re:卒業式の袴について(ゆうきくんのコーナーから... 雪割小桜 07/2/19(月) 20:12
 ┃ ┗ Re:卒業式の袴について(ゆうきくんのコーナーから... yoshi 07/2/19(月) 21:14
 ┗ 華族の穿いた袴について 優妃讃良 07/2/18(日) 19:36
 ┗ Re:華族の穿いた袴について 雪割小桜 07/2/20(火) 7:34

Re:卒業式の袴について(ゆうきくんのコーナーから...
 雪割小桜  - 07/2/14(水) 14:24 -

引用なし
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   ▼優妃讃良さん:


>現在の行灯袴は、主に平織りのウールを用いていますが、
>華族女学校で制定された袴の素材が何であったか
>調べているのですが、定かではありません。
>裕福なお嬢様の場合は、正絹の袴をお召しであった可能性もあります。

何度もくり返しますが、私は別に酒井美意子さんのファンでもないし、『ある華族の昭和史』という本は、前田家をはじめとして、旧・大名家に都合が悪いことが、故意に書いてなかったりと色々なのですが、それでも、旧・華族の労作ということで敬意を表し、とりあえず、引用してみますと、97−98頁に、学習院の式服(元旦・天長説・地久節・明治節などに着るもの)として、
「紫の紬五つ紋付きに海老茶のサージの袴」
とあります。(紬で五つ紋付きって聞いたことが無かったので、私はビックリ! ご存知の方がいらしたら、是非、ご教示下さいませ。事実なら、紬の訪問着より、若い世代向けに、行灯袴とセットで、五つ紋付きの紬を売ったほうが、受け容れられやすいかも?!?!?)
普段の規定は、
「銘仙のきものにえび茶のサージの袴(84頁。ただし、美意子さんの母・菊子さんの時代。)」
とあります。

サージというと、ウールが一般的だけれど、シルクのものもあるし、なあ。

ちなみに、元旦の照宮成子内親王さまのいでたちは、
「紅梅のお振袖に海老茶の袴(99頁)」
とあります。振り袖に合わせたのなら、この袴はひょっとしてシルク?!などと思ったりしますが、、、はて、真相は。

お役にたちそうもありませんが、ご参考になれば、幸いです。
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Re:卒業式の袴について(ゆうきくんのコーナーから...
 yoshi  - 07/2/14(水) 17:21 -

引用なし
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   雪割小桜さん、横入りでご免なさい。

>ちなみに、元旦の照宮成子内親王さまのいでたちは、
>「紅梅のお振袖に海老茶の袴(99頁)」

照宮と仰ると、昭和天皇の長女であった内親王だと
思います。
と確かめましたが、間違いなさそうです。

大正14年生まれ…すでにもう華族女学校ではなく、
制服もセーラー服に変わった時代だと思いますが、
何歳くらいのお話でしょうか。
(検索すると、就学前?と思われる年代の振袖に
袴姿の写真はありましたが、どの様な袴なのか
判りませんでした。)
女袴が現在の礼装になるかとは、関係の無い話ですが、
興味津々で拝見しました。

(所で明治時代は羊毛も国産が始められたばかり、
上質な輸入品は高価でしたでしょうから、セージは
ウールと考えてもおかしくないとも思います。
県立高女など、木綿製が制服だった所もあるそう
ですから。)
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Re:卒業式の袴について(ゆうきくんのコーナーから...
 雪割小桜  - 07/2/14(水) 18:18 -

引用なし
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   ▼yoshiさん:

>>ちなみに、元旦の照宮成子内親王さまのいでたちは、
>>「紅梅のお振袖に海老茶の袴(99頁)」
>
>照宮と仰ると、昭和天皇の長女であった内親王だと
>思います。

おっしゃるとおりです。酒井さんはご学友だったのだそうです。

>大正14年生まれ
>何歳くらいのお話でしょうか。

97頁に「昭和13年が空けた朝」とあり、その日の照宮さまのいでたちということになっています。
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Re:卒業式の袴について(ゆうきくんのコーナーから...
 雪割小桜  - 07/2/14(水) 18:58 -

引用なし
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   ▼yoshiさん:
書き忘れがあったので、書きます。何度もごめんなさい。


>制服もセーラー服に変わった時代だと思いますが、

いちおう、97−98頁にでてくる、元旦・天長説・地久節・明治節などの日に、学習院での式に着る、「紫の紬五つ紋付きに海老茶のサージの袴」という式服は、昭和13年があけた朝の、美意子さんのいでたちでもあるのですが、普段の美意子さんの制服については、よくわかりません。今のところ、セーラー服という言葉は、みつかっていないので、この本を読んだ限りでは、何ともいえなくてごめんなさい。15頁に、前身の華族女学校では、「袴をつけ靴をはくのが原則であったが、西洋服でもさしつかえなし」とあります。美意子さんの母・菊子さんの学習院(この頃は華族女学校でなく、学習院になっていたようですね。)での制服は、先ほども書いたように、銘仙に袴だったようですが、美意子さんの場合はどうだったのでしょうね。

ちなみに、照宮成子内親王さまのお付きの女官は、114頁によりますと、普段は「なんの変哲もないドレス」だったようです
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Re:卒業式の袴について(ゆうきくんのコーナーから...
 yoshi  - 07/2/16(金) 11:31 -

引用なし
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   雪割小桜さん、こんにちは。

>>制服もセーラー服に変わった時代だと思いますが、
>
>いちおう、97−98頁にでてくる、元旦・天長説・地久節・明治節などの日に、学習院での式に着る、「紫の紬五つ紋付きに海老茶のサージの袴」という式服は、昭和13年があけた朝の、美意子さんのいでたちでもあるのですが、普段の美意子さんの制服については、よくわかりません。今のところ、セーラー服という言葉は、みつかっていないので、この本を読んだ限りでは、何ともいえなくてごめんなさい。15頁に、前身の華族女学校では、「袴をつけ靴をはくのが原則であったが、西洋服でもさしつかえなし」とあります。美意子さんの母・菊子さんの学習院(この頃は華族女学校でなく、学習院になっていたようですね。)での制服は、先ほども書いたように、銘仙に袴だったようですが、美意子さんの場合はどうだったのでしょうね。
ちょっと調べてみると、
大正5年頃、華族女学校(現在の女子学習院)で非活動的な
着物をやめて洋装の制服が提案されましたとの記述があり、
明治の末頃には体操の際、洋服を着用とされた事もあった
様です。真偽は判りませんが。

一般の女子学生の袴の制服は徐々に洋風化し、丈が短く
なったり、黒靴下に短靴(これはハイソックスではなく
今でいうストッキング、靴下止めで止めるものです)、
体操の時には裾を括り活動しやすくした物、などが出た
様です。
その後、福岡女学院がセーラー服を体操服として採用、
大正10年には制服とし、同年金城学院も制服としたの
だとか。
文部省の勧めもあり体操服として普及したセーラー服は、
大正時代にこうして徐々に、袴と代わっていったそうです。

話を戻し、
学生服のヨシザワという会社が 昭和5年 学習院初等科 
女子部、初の制服指定店となる。といった沿革の記載が
ありましたので、少なくともそれ以前には、学習院女子部の
制服は洋服となっていたかと思います。
従ってこの照宮内親王もご学友の酒井さんも、普段の
通学時は袴姿では無かった、と思います。
ただ皇族としては特別に…という事があったのかどうかは、
上流階級にはご縁がありませんので、判りません。

所で母は同世代になるのですが、すでに一般の女学校では
「式」でも洋服(セーラー服)の場合が多かった様です。
ただ通った女学校ではまだ、黒五つ紋付着物に袴、ただし
木綿製を着用したとの事でした。

江戸時代には黒五つ紋付を礼装としていましたから、
一般の女学校では、黒紋付に袴がこうした「式日」の制服と
定められていたのだと思います。
しかし宮中では一般人が用いた黒は嫌い(今でも宮中関係は
黒留袖では無く、色留袖を使いますが)、だから紫の五つ紋と
なったのでしょうか。
大正何年でしたか…まだ一般人では慶事でも使われていた
黒紋付を、宮中では正式に喪服と定められ、それが広がり
戦後になると、今の様に喪服だけに…となった様です。
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皇族における喪服の色について
 優妃讃良  - 07/2/18(日) 20:22 -

引用なし
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   済みません、宮中とか装束とかだと、ちょっと気になってしまって。

▼yoshiさん:
>大正何年でしたか…まだ一般人では慶事でも使われていた
>黒紋付を、宮中では正式に喪服と定められ、それが広がり
>戦後になると、今の様に喪服だけに…となった様です。

これは、大正4年の皇室令ですね。
西洋にならって、皇族の葬儀の衣服として、洋装の喪服を黒として制定しました。
女性の場合は、透けない黒の詰襟長袖のフォーマル・ドレスに帽子に黒ベールを付けた姿になります。

先だっての昭和天皇の大喪の礼でも、裾までのロングドレスをお召しでした。
この皇室令で、庶民が同席する際に黒紋付を着るようにと定められたかについては
ちょっと調べられませんでした。

装束での喪服なんですが、実は、律令の中の「喪装令」で既に黒と定められています。
多分「養老律令」のことだと思うのですが、それだと奈良時代の話です。
それ以前は「日本書紀」に「清浄をあらわす白を用いる」とあるそうです。

天皇の喪服は「錫紵(しゃくちょ)の御服」と呼びます。
厳密には「錫色(すずいろ)」ですから、濃いグレーを意味しますが、これの極めて濃い色として黒つるばみ色を用います。「黒つるばみ」というのは、「どんぐりで染めた黒」という意味です。厳密には焦げ茶が極端に濃くなって黒になった色をさします。
宮中の廷臣も宣旨を受けて黒つるばみを着用しました。
女性の喪服も黒つるばみです。
「紵」は「紵麻(ちょま)」というように、麻地のことです。
喪の期間が一定期間を超えるとか、関係の少し薄い場合は、「鈍色(にびいろ)」というグレーに少し藍のかかった色を用います。期間や縁が遠くなる程薄くなります。

明治42年の皇室服喪令では、装束での喪服が規定されており、律令に準拠して黒つるばみを指定しています。律令と変わったのは、男性では袍の下には単と奴袴だけになったこと。女性は袿袴で、単も用いない少ない着用枚数になったことです。
明治天皇の大喪は装束姿で行われたのかもしれません。

ちなみに、四位以上の通常の位袍は「黒」なんですが、これは「紫を濃くしてほとんど黒になったもの」の意味なので、喪の色として用いられる「黒つるばみ」とは区別します。

宮中では「忌色」といって、「黒つるばみ」と「鈍色」は装束や着物の色としては用いません。

庶民の間では、昭和30年近くまで、「黒紋付を喪服とする」というのは、一般的ではなかったそうですが、宮中では、とんでもなく昔から黒(正確には「黒つるばみ」)でした。
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Re:卒業式の袴について(ゆうきくんのコーナーから...
 雪割小桜  - 07/2/18(日) 22:01 -

引用なし
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   ▼yoshiさん こんばんは。


>話を戻し、
>学生服のヨシザワという会社が 昭和5年 学習院初等科 
>女子部、初の制服指定店となる。といった沿革の記載が
>ありましたので、少なくともそれ以前には、学習院女子部の
>制服は洋服となっていたかと思います。
>従ってこの照宮内親王もご学友の酒井さんも、普段の
>通学時は袴姿では無かった、と思います。
>ただ皇族としては特別に…という事があったのかどうかは、
>上流階級にはご縁がありませんので、判りません。

>所で母は同世代になるのですが、すでに一般の女学校では
>「式」でも洋服(セーラー服)の場合が多かった様です。
>ただ通った女学校ではまだ、黒五つ紋付着物に袴、ただし
>木綿製を着用したとの事でした。


そうすると、酒井さんの制服は、セーラー服だった可能性が相当高そうですね(^^)。

江戸から明治と時代が変わり、諸外国に遅れをとるまいと、明治政府は、生活万端の洋風化を推し進めた。洋装はいまでこそ一般的ですけれど、元々日本には洋服をつくれる職人さんが全くいなかった訳ですから、最初は外国の方に作っていただき、そのうち技術を学んだ日本人にも徐々に作れるようになっていった。そして、ついに制服としてのセーラー服の登場。制服を作るということにもなれば、一人二人の職人さんでは間に合わない、相当数の職人さんが必要になってきます。東京は、おかみのお膝元、まさに肝いりで、こういった職人さんの数の増加の仕方も地方と比べれば圧倒的だったかもしれません。だからこそ可能だったセーラー服の制服だったのかしら? とはいっても、できあがった珍しいセーラー服は、とてもとても高価だったでしょうから、セーラー服姿は、当時は、画期的で、斬新で、また、一種のステータス・シンボルでもあったかもしれません。あくまでも私の類推ですけれど。

(yoshiさんのお母様のセーラー服姿も、一般人には羨望のマトだったかもしれませんよ!)

そして、セーラー服の制服が評判を呼ぶと、その目新しさにとびつく人が沢山でる。とびつく人がでて、売れるということになると、職人さんも増える。評判を呼んで需要が高まると、セーラー服一着の単価も徐々に下がっていく。そうするとさらにセーラー服が広まる。
・・・こうして東京の学習院で始まったセーラー服の制服は、東京を皮切りに徐々に地方にも広まっていった、、、のかな???

(全て私の類推で、申し訳ないことです(^^;)

で、これと逆の現象に、今の和装業界はあえいでいるのですな。。。(T_T)
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Re:卒業式の袴について(ゆうきくんのコーナーから...
 yoshi  - 07/2/19(月) 10:33 -

引用なし
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   雪割小桜さん、こんにちは。

>そして、セーラー服の制服が評判を呼ぶと、その目新しさにとびつく人が沢山でる。とびつく人がでて、売れるということになると、職人さんも増える。評判を呼んで需要が高まると、セーラー服一着の単価も徐々に下がっていく。そうするとさらにセーラー服が広まる。
>・・・こうして東京の学習院で始まったセーラー服の制服は、東京を皮切りに徐々に地方にも広まっていった、、、のかな???

実は、ネットで検索をすると、どうもセーラー服が始めて
採用されたのは、福岡の福岡女学院の体操服としてらしく、
又、制服としては愛知の金城女学院らしい…。
らしいというのは、学校のHPでは確認できませんでしたし、
ネットの情報は100パーセント正しいかどうかは、判らないと思って
いるからなのですが。
当たらずとも遠からずとなれば、地方からというのが
面白いなと思いました。

それでも、旧制女学校で調べてみると地方の女学校でも
大正11年付近で、袴からセーラー服に代えている様です。
ジャンパースカートタイプの採用したものの、セーラー服を
見ると野暮ったく、すぐに代えた所もあった様ですが、
関東大震災後に急激に、洋服へと制服が変わったというのが
通説の様です。


>で、これと逆の現象に、今の和装業界はあえいでいるのですな。。。(T_T)
そうですね。
生きていれば100歳近かった姑も、70を過ぎた頃から
着物では動きが不自由だと、洋服になってしまいました。
母もやはり動けないと、いまではお正月ですら洋服です。
足が悪くなると裾さばきが駄目、なのだそうですがかくいう
私も膝も悪くなり、若い頃とは動作がやはり鈍く、今はもう
着物で家事など考えても大変だと思っています。
この動きの不自由さも、着物を着ての所作の魅力の一つで
あると私自身は思っていますが…。
何時まで着られるかしら?と、思う様になる年代になって
来ました。(~_~;)


ところで、お話は代わり結城紬の事ですが。
私も7年ほど前に興味を持ち、色々と調べました。勿論
一介の素人の知識ですから、大したものでもありませんし、
ゆうきくんコーナーでは、とてもおこがましくて書き込め
ませんので、こちらでしたら。
それで宜しければ判る範囲で、書き込ませていただきます。
そんな程度で宜しければ…。<(_ _)>
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Re:卒業式の袴について(ゆうきくんのコーナーから...
 雪割小桜  - 07/2/19(月) 14:17 -

引用なし
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   yoshiさん こんにちは

>実は、ネットで検索をすると、どうもセーラー服が始めて
>採用されたのは、福岡の福岡女学院の体操服としてらしく、
>又、制服としては愛知の金城女学院らしい…。
>当たらずとも遠からずとなれば、地方からというのが
>面白いなと思いました。

>それでも、旧制女学校で調べてみると地方の女学校でも
>大正11年付近で、袴からセーラー服に代えている様です。
>ジャンパースカートタイプの採用したものの、セーラー服を
>見ると野暮ったく、すぐに代えた所もあった様ですが、
>関東大震災後に急激に、洋服へと制服が変わったというのが
>通説の様です。

おお!そうなのですか。
ご教示、ありがとうございます。


>らしいというのは、学校のHPでは確認できませんでしたし、
>ネットの情報は100パーセント正しいかどうかは、判らないと思って
>いるからなのですが。

それは残念ながら、本当にそうですね。
情報は多いにこしたことがない。けれど、どれを選択するかは、結局選択する本人の問題となるような気がいたします。
ネットは、すぐに生の情報がでてくるところが、書籍などにはとてもマネできない強みですね。正しいかどうかは別として、選択肢をふやしてくれる情報源として、楽しみながら、けれど盲信することなく、これからも多いに参考にしていきたいと思います。


>>で、これと逆の現象に、今の和装業界はあえいでいるのですな。。。(T_T)
>そうですね。
>生きていれば100歳近かった姑も、70を過ぎた頃から
>着物では動きが不自由だと、洋服になってしまいました。
>母もやはり動けないと、いまではお正月ですら洋服です。
>足が悪くなると裾さばきが駄目、なのだそうですがかくいう
>私も膝も悪くなり、若い頃とは動作がやはり鈍く、今はもう
>着物で家事など考えても大変だと思っています。
>この動きの不自由さも、着物を着ての所作の魅力の一つで
>あると私自身は思っていますが…。
>何時まで着られるかしら?と、思う様になる年代になって
>来ました。( ̄_ ̄;)

私の母も最近は着物を全く着ません。
そんなこんなで、気が付いたら、母より、私のほうが、着付けがはるかにマシと言われるようになってしまいました(私の母は、元々、ものすごく着付けが下手です。(^^;)


>ところで、お話は代わり結城紬の事ですが。
>私も7年ほど前に興味を持ち、色々と調べました。勿論
>一介の素人の知識ですから、大したものでもありませんし、
>ゆうきくんコーナーでは、とてもおこがましくて書き込め
>ませんので、こちらでしたら。
>それで宜しければ判る範囲で、書き込ませていただきます。
>そんな程度で宜しければ…。<(_ _)>

お心遣い、ありがとうございますm(_ _)m。

私は常々、旅さまやゆうきくんの、誠実で、しかし少しも偉ぶらない態度に、感銘を受けています。本当は、旅さまにしても、ゆうきくんにしても、お心当たりのあることが沢山あるんだろうと思っています。けれど、不確実なことは、おっしゃりたくないのだろうと。
不確実なことをあえて言わなかったり、知らないと言うのは、かなり勇気のいることです。知らないことを知っていると言いたいひとも沢山いますから。(時に、私も。。。(^^;;;)

例えば、札幌の呉服屋さん。
平縫いと駒縫いしか使っていない蘇州刺繍を施した着物を
「今ではこれ程のものは作られていない」
などと言います(日本刺繍にもお詳しいだろうyoshiさんなら、この発言が、どれほど京都の刺繍職人さんに失礼にあたるか、わかっていただけると思います。そして、この呉服屋さんが、実は、日本刺繍にどういう技法があるか、知らないことも。)。

機械織の証紙がついている大島を手織りだと強弁する者がいます。

ここらで自粛したほうが良さそうなので、これ以上は書きませんが、そういう呉服屋さんが沢山ある現状で(チェーン店でなくっても、です。売るために必要な技術でもあるのでしょうが、私は悲しいです。)、ゆうきくんのような呉服屋さんがいて下さることは、とてもとても有り難いのです。心強いのです。
だから、私は、ゆうきくんのお立場をできたら尊重したいのです。
私のような跳ねっかえりにそう思わせるゆうきくんは大したお方だと思いますし、一方、私のような跳ねっかえりでは、そう思っていたところで、やっぱり、無神経にズバズバものを言うのがオチなのですが(^^;、それでも、この気が効かない頭で、できるだけそうしたいと思うのです。

なので、yoshiさんにお話を伺いたいのはやまやまなのですが、あちらでいったん終了、みたいな形になっているお話を 今すぐこちらでするのは、、、ゆうきくんにとてもとても申し訳ない気がします。
神様がいるなら、「雪割小桜がまだまだ自分で調べてみて、そのうち色々とわかってきたら、また、折りを見て、yoshiさんに結城紬の話の相手をしていただけないかお願いしてごらん。今は、頭を整理しながら、自分で調べていく時期ではないのかな?」と言っているような気もします。

とりとめもないことを書きまして、ごめんなさいm(_ _)m。
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Re:卒業式の袴について(ゆうきくんのコーナーから...
 yoshi  - 07/2/19(月) 16:18 -

引用なし
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   雪割小桜さん:

>なので、yoshiさんにお話を伺いたいのはやまやまなのですが、あちらでいったん終了、みたいな形になっているお話を 今すぐこちらでするのは、、、ゆうきくんにとてもとても申し訳ない気がします。
>神様がいるなら、「雪割小桜がまだまだ自分で調べてみて、そのうち色々とわかってきたら、また、折りを見て、yoshiさんに結城紬の話の相手をしていただけないかお願いしてごらん。今は、頭を整理しながら、自分で調べていく時期ではないのかな?」と言っているような気もします。
>
>とりとめもないことを書きまして、ごめんなさいm(_ _)m。
いえいえ、ごもっともなお話です。
それでは一言だけ。糸を調べるのには糸を
抜いて見るのが一番です。
手持ちの物ならば、襟下のまつり縫いを解くと、
そこからなら経糸と緯糸両方を抜く事が出来ます。
光にかざして見るよりも、遥かに良く判ります。
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Re:卒業式の袴について(ゆうきくんのコーナーから...
 雪割小桜  - 07/2/19(月) 20:12 -

引用なし
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   yoshiさん:

>それでは一言だけ。糸を調べるのには糸を
>抜いて見るのが一番です。
>手持ちの物ならば、襟下のまつり縫いを解くと、
>そこからなら経糸と緯糸両方を抜く事が出来ます。
>光にかざして見るよりも、遥かに良く判ります。

ご教示、ありがとうございます。
旅さまの「ハギレは語る」のページをもう一度ぐるっとまわってから、やってみました。
おかげ様で、どうやら、緯糸は真綿、経糸は、生糸と真綿とをどちらも併用したらしい、結城地方で織られた紬があることがわかりました(経糸が生糸のところと真綿のところと、どちらもあるように見えます。)。
そして、例え生産地の人間であっても、問屋さんがおっしゃることはなんでも、やはり、一度吟味してから吸収したほうがいいということもわかりました。
(そう言えば、あの問屋、結城紬の証紙偽造で公正取引委員会から警告を受けてたぞ。。。(笑))

なんだか、面白いですね。これだから、着物を着るのも見るのも調べるのも、やめられません♪
これからもどんどん勉強していって、いつか、ちゃんと、訳のわかる質問がゆうきくんにできるようになるといいな♪♪♪
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Re:卒業式の袴について(ゆうきくんのコーナーから...
 yoshi  - 07/2/19(月) 21:14 -

引用なし
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   雪割小桜さん、今晩は。

>おかげ様で、どうやら、緯糸は真綿、経糸は、生糸と真綿とをどちらも併用したらしい、結城地方で織られた紬があることがわかりました(経糸が生糸のところと真綿のところと、どちらもあるように見えます。)。
>そして、例え生産地の人間であっても、問屋さんがおっしゃることはなんでも、やはり、一度吟味してから吸収したほうがいいということもわかりました。
>(そう言えば、あの問屋、結城紬の証紙偽造で公正取引委員会から警告を受けてたぞ。。。(笑))
(ま、色々ありますから…素人だからこそ遠慮せずに
書ける事もあるのです、雪割小桜さん。(*^_^*))

>なんだか、面白いですね。これだから、着物を着るのも見るのも調べるのも、やめられません♪
>これからもどんどん勉強していって、いつか、ちゃんと、訳のわかる質問がゆうきくんにできるようになるといいな♪♪♪
(残念ながら旅さんの大島大研究の様な、結城紬の
研究をしたサイトは、ネットを探してもありません。
ならば、自分で調べて見るのが一番ですし、第一
とても楽しい事です。)
ご健闘をお祈りいたします。頑張って下さい。
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華族の穿いた袴について
 優妃讃良  - 07/2/18(日) 19:36 -

引用なし
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   雪割小桜さん、貴重な情報ありがとうございます。
こちらの本も絶版のようですね。
図書館などを探して読んでみたいと思います。

▼雪割小桜さん:
>学習院の式服(元旦・天長説・地久節・明治節などに着るもの)として、
>「紫の紬五つ紋付きに海老茶のサージの袴」
>とあります。(紬で五つ紋付きって聞いたことが無かったので、私はビックリ! ご存知の方がいらしたら、是非、ご教示下さいませ。事実なら、紬の訪問着より、若い世代向けに、行灯袴とセットで、五つ紋付きの紬を売ったほうが、受け容れられやすいかも?!?!?)

もしかしたら、サージはウールかもしれませんね。
当時、公家の家では、子供や仕える女房達の服装として「裳袴」というものを用いていたそうです。形状としては女袴にソックリです。
こちらは絹を用いますから、「学校で用いる服」の素材としてウールを選んだのかもしれません。
華族女学校では、当時から華族の女性以外にも才能と志のある者を受け入れてきました。また、華族と一口にいっても、経済的には余裕の無い方も当時からいらしたようです。そういう生徒さんでも、用意できるようにと、ウール地の袴や紬のお着物を制定されたのではないでしょうか。

「紬の紋付」は、おそらく、白地の紬を染めたものではないかと思われます。
そうすれば、紋の染め抜きが可能ですものね。
今でも、男性の着物としては「染め紬の紋付」が存在します。
女性にはないですね。多分、「縮緬や羽二重の紋付を作れない位経済的余裕のない者が、強いて着物を着用する必要がなくなった」からではないかと思います。

お着物が紫であるのも宮中のしきたりに則ったものと思われます。
装束の服制で、未成年が正装として袴の下に着用する「小袖」(今で言う着物)は、紫の無地です。
紀宮様が着袴の儀にお召しになったのも、紫の染め小袖に濃袴(濃い紫)で、その上に細長をお召しでした。(例えば『十二単のはなし』に写真が掲載されています)

>ちなみに、元旦の照宮成子内親王さまのいでたちは、
>「紅梅のお振袖に海老茶の袴(99頁)」
>とあります。振り袖に合わせたのなら、この袴はひょっとしてシルク?!などと思ったりしますが、、、はて、真相は。

確証はございませんが、絹の可能性はあります。
同じ形状でも、学校に穿いていく袴とご自宅での正装にお召しになった袴とは別と考えてもよろしいかと。
「華族の写真」とか「明治の写真」「皇族の写真」といった本(正しい書名は覚えていません)で見るお袴は、艶のある素材ですので、絹かもしれません。
また、内親王さまの場合は、行灯袴でなく装束に使う切袴である可能性もあります。
違いは、こちらは、馬乗り袴で、腰の部分で襞は折りますが、折り目は付けません。
用足しの際には脱ぐ必要があるので、現在でも外出の際に着用するには色々と不便がある形態です。
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Re:華族の穿いた袴について
 雪割小桜  - 07/2/20(火) 7:34 -

引用なし
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   優妃さん、おはようございます。


>「紬の紋付」は、おそらく、白地の紬を染めたものではないかと思われます。
>そうすれば、紋の染め抜きが可能ですものね。
>今でも、男性の着物としては「染め紬の紋付」が存在します。
>女性にはないですね。多分、「縮緬や羽二重の紋付を作れない位経済的余裕のない者が、強いて着物を着用する必要がなくなった」からではないかと思います。
>
>お着物が紫であるのも宮中のしきたりに則ったものと思われます。
>装束の服制で、未成年が正装として袴の下に着用する「小袖」(今で言う着物)は、紫の無地です。
>紀宮様が着袴の儀にお召しになったのも、紫の染め小袖に濃袴(濃い紫)で、その上に細長をお召しでした。(例えば『十二単のはなし』に写真が掲載されています)

なるほど。
詳しいお話をありがとうございます。


>こちらの本も絶版のようですね。
>図書館などを探して読んでみたいと思います。

酒井さんの『元華族たちの戦後史(主婦と生活社)』に、『ある華族の昭和史』とかぶる部分がかなりございます。どちらにも、優妃さんから見ると、疑問に思われる所もあるかもしれません。
こちらはアマゾンで入手可能のようです。
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