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卒業式の袴について(ゆうきくんのコーナーから) 旅から旅 07/2/4(日) 12:04

  皇族における喪服の色について 優妃讃良 07/2/18(日) 20:22

皇族における喪服の色について
 優妃讃良  - 07/2/18(日) 20:22 -

引用なし
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   済みません、宮中とか装束とかだと、ちょっと気になってしまって。

▼yoshiさん:
>大正何年でしたか…まだ一般人では慶事でも使われていた
>黒紋付を、宮中では正式に喪服と定められ、それが広がり
>戦後になると、今の様に喪服だけに…となった様です。

これは、大正4年の皇室令ですね。
西洋にならって、皇族の葬儀の衣服として、洋装の喪服を黒として制定しました。
女性の場合は、透けない黒の詰襟長袖のフォーマル・ドレスに帽子に黒ベールを付けた姿になります。

先だっての昭和天皇の大喪の礼でも、裾までのロングドレスをお召しでした。
この皇室令で、庶民が同席する際に黒紋付を着るようにと定められたかについては
ちょっと調べられませんでした。

装束での喪服なんですが、実は、律令の中の「喪装令」で既に黒と定められています。
多分「養老律令」のことだと思うのですが、それだと奈良時代の話です。
それ以前は「日本書紀」に「清浄をあらわす白を用いる」とあるそうです。

天皇の喪服は「錫紵(しゃくちょ)の御服」と呼びます。
厳密には「錫色(すずいろ)」ですから、濃いグレーを意味しますが、これの極めて濃い色として黒つるばみ色を用います。「黒つるばみ」というのは、「どんぐりで染めた黒」という意味です。厳密には焦げ茶が極端に濃くなって黒になった色をさします。
宮中の廷臣も宣旨を受けて黒つるばみを着用しました。
女性の喪服も黒つるばみです。
「紵」は「紵麻(ちょま)」というように、麻地のことです。
喪の期間が一定期間を超えるとか、関係の少し薄い場合は、「鈍色(にびいろ)」というグレーに少し藍のかかった色を用います。期間や縁が遠くなる程薄くなります。

明治42年の皇室服喪令では、装束での喪服が規定されており、律令に準拠して黒つるばみを指定しています。律令と変わったのは、男性では袍の下には単と奴袴だけになったこと。女性は袿袴で、単も用いない少ない着用枚数になったことです。
明治天皇の大喪は装束姿で行われたのかもしれません。

ちなみに、四位以上の通常の位袍は「黒」なんですが、これは「紫を濃くしてほとんど黒になったもの」の意味なので、喪の色として用いられる「黒つるばみ」とは区別します。

宮中では「忌色」といって、「黒つるばみ」と「鈍色」は装束や着物の色としては用いません。

庶民の間では、昭和30年近くまで、「黒紋付を喪服とする」というのは、一般的ではなかったそうですが、宮中では、とんでもなく昔から黒(正確には「黒つるばみ」)でした。
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