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京都の祇園祭、このお祭りが大好き!という京都人は少ないのではないだろうか。
こんな言い方をすると不思議がられるかもしれないけれど、これは真実なのです。
もう心の底からウンザリというのが実感だと思います。
この気分は鉾町(ほこちょう)でない人々にとっては、家の回りに人が溢れかえり、外にも行けないし、うっとうしいなぁ。
そして、鉾町の人々にとっては、誇らしげな気分はもうどこへやら、鉾や山を維持管理するわずらわしさや経済的な過負担にあえいでおられます。
そして、鉾町から遠く離れた市内の人間にとっては、なにかしら一種のいやらしさを感じる祭りなのです。
それはなぜかというと、祇園祭は町衆の祭りだとよく言われます。
でも、その町衆を構成している人たちには鼻持ちならない癖というか臭いがあります。
自分たちの鉾にはこんな立派なゴブラン織りの前立てを飾るだけの財力があるんだぞ、みたいな一種いやみな祭りなのです。
この祭りを楽しんでいるのは、もしかすると他府県の人たちだけじゃないのか?と思うことが多々あります。
僕にいたっては、山鉾巡行はここ20年くらい見に行ってないし、宵山にも10年くらいは行ってません。
ほんとうにつまらない祭りなのです、特に山鉾巡行は。
そのあとの御神輿のほうがよほど、勇壮で興味は尽きません。
こちらのお祭りはあまり一般には知られていませんが。
そんな祇園祭嫌いの僕でしたが、昨日、面白い物を見てしまいました。山鉾の引き初め(やまぼこのひきぞめ)です。
組み上げた鉾がちゃんと動くかどうかを確かめるために、町内から町内へほんの50メートルほど動かすだけなのですが、これを見て「あぁ、これが祇園祭の原点なのだなぁ。」と心の底から思いました。
今の巡行は広い道をゆっくりと流して行くだけの動きのない祭りなのですが、きのう見た引き初めは新町通りのあの狭い道を近所の子供たちが引っ張って行く姿を見て思わず、「あぁ、これが祭りだ!」と思いました。
この引き初めで綱を引っ張った子供にはお菓子がもらえるそうです。
それが、妙に嬉しかったと、昔それを引っ張った友人は言っていました。 |
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