33 「間違っているあなたの身丈、ほんとはコワイ短い身丈」(ある医学者からの提言)



着物の身丈について

 身丈の短い着物をお端折ぎりぎりに腰紐を結んで着ていると、
立ち上がった瞬間など、ちらと腰紐が見えてしまうことがあります。
ちらりとのぞく襦袢や八掛は着物の楽しみですが、腰紐ちらりは美しくないですし、自分ではなかなか気がつかないのが困りものです。
 逆に、身丈が長過ぎて、おはしょりがもたつくのも、見栄えが良くないです。

 しかも、腰紐の位置、ひいては着物の身丈は単に「見栄え」だけの問題ではないと考えられます。

 ガードルやハイヒールの健康への影響はよく議論されますし、コルセットで腰痛治療という話はよく聞くのに、着物の紐の位置や帯のことを書いた専門家の意見は見たことありません。
以下はあくまでも生命科学者の端くれである私の見解です。




(図1)

 人間の骨盤は図1のように、脊椎の一番下の骨である仙骨と寛骨からなっています。
この寛骨は成人では一つの骨に融合していますが、元は腸骨、座骨、
恥骨の3つからなっています。
腸骨の一番上のラインを腸骨稜といって、その一番前で出っ張っている部分を上前腸骨棘と言います。
一般に腰骨(こしぼね)と呼ばれている部分は、この部位であることが多いようです。

 上前腸骨棘から、恥骨に向かって、鼠径靱帯(赤)という強い靱帯組織がはっています。

 腸骨鼠径神経(緑)という、脊髄から出て腸骨を越して表面に出て、
鼠径靱帯にそって下に向かい、腹壁や、女性の場合は恥丘や大陰唇へ向かう神経があります。
 また、腸骨下腹神経(青)という、同じく、脊髄から出て、腹壁に向かい側面臀部上や恥骨部皮膚に向かう神経もあります。

 よほどふくよかな方は除いて、腸骨の稜線は脂肪のクッションが少ないです。外から圧迫することは、腸骨と紐、腸骨とその下の靱帯の間で、
先に上げた神経を圧迫する可能性があります。
つまり、あまりに身丈の短い着物を着るために、腰紐の位置を下げて
着ようとすると、知らずに神経を圧迫している恐れがあるのです。

 逆におはしょりが長いからと、高い位置、ウエスト部に腰紐をあてるのも良くないです。腹圧を適度にあげるのは姿勢を良くするので、身体に良いですが、それは腹筋そのものの強化や、面積のあるもの(帯そのものは姿勢保持に良い)の話です。腰紐のように細いものは局所的に力が加わり、内臓を圧迫します。
 腰紐以外の紐はあまり強く結ぶ必要がないのですが、腰紐だけはそれなりに強くしめておかないと着崩れることになりかねません。この腰紐の位置が一番問題になると考えられます。

 最近は、ゴム入りの腰紐も出ているそうなので、高い位置で腰紐を結ぶ場合は、そのような製品を使うのも良いかも知れません。胸紐というものを使う着方もあると聞きますので、その胸紐で余ってたくしあげた分をとめるのも良いかも知れません。幅の広い紐やベルト状の帯板で、たくしあげたお端折をとめるという方法も良いかも知れません。

 いずれにしろ、よほど慣れていないと難しいので、「腰紐の位置が上前腸骨棘=腰骨(こしぼね)から上で、帯の下に入る位置におさまるような身丈で着物をあつらえる」というのが神経や内臓の圧迫の可能性が少ない方法になると考えられます。
 逆に、着物の場合、この高さでなければというのが「線」としてあるのではなく、一寸程度の余裕はあります。
そのあたりが、着物の「良いかげん」でしょう。
よって、極端に身長が違う場合は、無理しない方がいいでしょうが、
ある程度におさまるなら、家族で着物を共有しても身体に悪いわけではないと考えられます。

 ヒトは他の動物に比べて難産です。ヒト以外のほ乳類は骨盤で体重を支える必要はないのですから、産道は十分な大きさを持っていますが、人は産道が大き過ぎると、内臓を支えることができません。さらに、ヒト以外の動物は巨大な頭(脳)を持っていません。小さな産道に大きな脳の組み合わせ=難産と言うのはヒトが2足歩行と大きな脳を持つにいたったために生じた苦労です。また、体重を骨盤で支えるのですから、女性に限らず、男性でも腰痛にもなりやすいです。



(図2)

 出産で、骨盤は腸骨と仙骨の間の関節部(仙腸関節:ピンク)や左右の恥骨の関節部(恥骨結合:ブルー)が緩みます(図2)。
赤ん坊の頭が出てくるために少しでも産道を広げると言う生物学的適応です。しかし、これもまた副作用があって、産後、縫合が正しくつかないと、骨盤の左右のバランスがずれますから腰痛の原因になります。このうち仙腸関節(ピンク)は経産婦でなくとも、男性でも、ずれている方が多いそうです。慢性腰痛の原因として、注目を浴びています。

 着物を着る場合、幸いにも紐で左右から骨盤を押さえるようにするのが常態です。正しい位置と方法で腰紐を結ぶことは腰痛の軽減や将来の腰痛の予防に有効だと考えられます。

 腰痛の原因の一つに、骨盤の高さに左右差がある場合があります。その治療や予防のためには、水平に腰紐を結び、常に仙腸関節や恥骨結合に左右から均等な力を加える(緑)が有効だと考えられます。

 あまり低い位置(まさかそこまで低い位置の方はいないとは思いますが)、具体的には上前腸骨棘よりも5cm以上、下の位置で紐をしめると、今度は仙腸関節の下の部分にだけ力が加わることになります。その結果、関節の上の部分だけが開くことになり、かえって、関節のゆるみが増長されます。

 腰紐を高い位置、たとえば、着丈が長いからとウエストに紐をしめると、腸骨を左右から押さえることができませんので、骨盤矯正や骨盤のずれ防止作用が望めません。せっかく着物を着るのにもったいないことです。

 腰痛の面からも、腰紐の位置、ひいては着物の身丈というのは重要かと考えられます。

 もちろん、多少、身丈の合わない着物があっても、常時それを着ているのではないのなら、心配する必要はないです。しかし、日頃から正しい位置に腰紐をあてる着方をすると身体への悪影響を避けることができ、さらに健康にも良いので、できたら身体にあった身丈の着物で健康的な生活を送っていただけたらと思います。

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