41 旅さんのこまった道楽

飛翔け!本場大島紬へ

旅から旅です。
みなさん、こんばんは。

はて、今日は、なんの話をしようかな。

僕の道楽というか、遊びについて、お話しましょう。


僕が大島紬というものに深く関わるようになって何年か経ち、
いつのころからか、ある思いがふつふつと湧き上がってくるのを抑えることができなくなりました。

どういう「思い」かというと、
「昔の大島紬がほしい!」という思いなのです。
この項でも紹介しましたが、大島紬の伝統的文様というのを
お見せしましたね。
あのような現在では織ってないような大島紬がコレクションとしてほしくなったのです。

そういう古い時代の大島は、どこにあるのだろう?
それは、古着の世界にしかない!
古着は、どこで買えばいいのだろう?
そうだ!古着屋さんに行こう!
とりあえず、勉強のために近所の古着屋さんに行ってみました。
そこの古着屋さんは、けっこう、有名らしく、お客さんがたくさん、
来たはりました。(ここからどういうわけか、京都弁です。)
おんなのひとばっかりのお店の中に、僕のような胡散臭いおっさんがひとりで入っていくのは、ちょっと勇気がいりました。
そやけど、「ほしい」一念で入っていきましてん。
「大島の古着って、ありますか?」
「ありますよ。この棚全部が大島ですよ」
「ほー、この棚全部?ちょっと、見せてもろても、よろしいか?」
「いろいろ、ありますなー。それで、こういうのは、なんぼぐらい、しますのん?」
「こういう泥大島だったら、5万円ですよ。」
「ええ!こんなのが、5万円もするの!?」
ふうぅむむむ、、、こりゃあ、道楽ではすまんなぁ、、、
とてもやないけど、こんな腐った(弱地のことです、布としては終わったという意味です)もんが、5万とは!・・・・・
もう、帰ろ、どうやら、来る場所を間違えたみたいやなぁ、、、
古着屋さんが、あかんのやったら、どこで買おう?
こういうときには、ちゃんと、教えてくれるひとがいるもんですねー!
世の中には「古着のオークション」というものがあるというのです。
ネットのオークションなのですが、数枚の写真を見て、入札しなはれというものです。
しかも、クレームもつけたらあかんし、返品もでけへんという、
非常に不自由な取引なのですよねー、これが。
しかも、かなり、いい加減な説明が多いようにも思えました。
でも、値段は確かに安いし、頭の体操にもなるってのが、面白い点だよね。
なにしろ、数枚の写真を見て、入札しなければいけないんだもんね。
拡大写真を見せてもらって、大島か否か、入札しようかしまいか、これらを考えるのって、これはかなり、「面白い遊び」、、、、そういう風に、思いました。

ウエブ上の画像数枚を見て、入札するってのは、鑑識眼も必要だけど、多分にギャンブルの要素もあるのではないか、、、いまではそのようにも思います。
そして、じょうずに言えませんが、狩りにも似ているなぁとも思います。抜き足差し足忍び足で、獲物に気づかれないように、そっと近づいて、ぱっと入札するって、すごく、スリル、あるんですよねー!あと残り時間、1分のとき、ドキドキしました。
ひさしぶりでしたよ、こんなにドキドキしたのは。(笑)

あれは、忘れもしません、僕のはじめての獲物のことを。
かなり、ぼやけた画像ではあったのですが、「こりゃ、正藍(しょうあい)の割込み絣の大島に違いない!」と、勝手に決め込んで、入札しました。
なんと、3300円で落札できました。
「いやぁ、よかったよかった、、ニコニコ」
数日後、送られてきた荷物をあけた瞬間、
「あっちゃー、村山大島やんかー、これはー!」
がびーん、とほほほ、、、。
これが、そのときの村山大島です。
画像は、洗い張りをしたので、反物状態になっています。





この村山大島は、戦後まもないころの手織りのものだと思います。
当時の正藍の大島紬のコピー商品ですね。
こちらは、燃焼実験の結果、正藍ではありませんでした。

かくして、はじめての獲物は、僕のとほほに終わりました。
このときの教訓は、「気をつけよう、接写画像のない商品」
あ、付け加えておきますが、僕は村山大島をけなしているわけではありませんよ。
ただ、僕のほしいものは、昔の大島紬ただそれだけなのである、、というだけのことなのですから。

おそまつでした。

 さて、初回の「とほほ」を教訓に、僕は今度こそ、戦後間もないころに製織されたであろうところの「正藍割込み絣」をゲットすべく、オークションの画像をにらめっこする日が続きました。(続く)

 ある日、ついに、第一の目標をゲットしました。
戦後間もないころに製織された正藍の割込み絣を。
この変わった柄をみてくださいな。
大判小判が、ざっくざく、、みたいな柄でしょう?(笑)
なんだか、すごく、ストレートな気持ちの入った柄ですよねー。


下の画像は、接写画像ですよ。
藍の濃淡が美しいですよねー。



さぁ、次なる目標は、いよいよ伝統的文様の泥大島であるぞよ。



ある日、それは僕の目に入りました。
男物の羽織でした。
出品者のコメントは、「目立つキズ、汚れなし」とのことでした。
「ほんまかいな、、、、」と思いましたが、なにしろ、ほしい気持ちのほうが強く、「これを落とすぞ!エイエイ、オーッ!」と掛け声も高らかに、されど、忍び足で獲物に近づいていきました。

獲物はこういう顔をしていました。


見たところ、戦前の奄美の泥大島です。
「一本西郷」という絣の変形です。
おおまかに「戦前」の、と言いましたが、戦前にもいろいろあって、昭和初期も戦前なら大正も戦前ですもんね。
ま、ひとことで言うと、相当古い年代ものである、、とまあ、そういうことです。
「わかってんねんやったら、落とさんとき!」と、
今の僕がそのときの僕に言っています。(笑)

でも、そのときの僕は、堅い決意で落としにかかったのです。

「なんぼでも、来なはれ」という気持ちが伝わったのでしょうか、予算内で、落とすことができました。

この古着が我が家に来たときのことを僕は一生、忘れないでしょう。
なぜ、忘れないか?
なぜでしょうねぇ、、、。(まさに、とほほ)

荷物をあけた瞬間、思わずこぼれた言葉は、
「うわーっ!きったなー!!」
「ハークション、ハクション、ハクション!くしゃみがとまらーん!!」
すぐさま、あけた袋に古着を戻しました。
「ふぅううむ、敵は手ごわいぞ。このままでは、僕はビョーキになるな」
「とんでもないところで、死蔵されてたもんやぞ、お日さんに何十年も当たってないやろな。日光消毒したいぐらいや。」
「とりあえず、洗い張りせんことには、どうにも、ならんわな」
「もう、どう考えても、布としては終わっとる。」
「取るべき道は、ふたつだけ。このまま捨てるか、絣見本として、ええとこ取りして、洗うかやな」
「どーしょーかなぁー、、、、、よっしゃ、ええとこ取り、しよっと」
ということになりまして、埃を立てんように、息をせんようにして、ハサミを入れていきました。
すると、とんでもないことが分かってきました。

なにが、とんでもなかったかと言うとね、「目だったキズなし、汚れなし」ということだったんだけど、この羽織、継ぎ接ぎだらけだったのです。
当て布は、共布の部分あり、綿絣の部分あり、金巾(かねきん、紺木綿のこと、男ものの長着の裏地に使います)の部分あり、とまあ、いろんな布で当ててありました。
そのときに、この羽織の歴史みたいなものが僕には見えてきました。
大正か、昭和初期に織られたこの泥大島は、何回も洗い張り・仕立て替えを、たぶん、したのでしょう。
大島というのは、今も昔も貴重なものだったでしょうから、その家の家宝のように歴代当主の羽織ものとして、活躍してきたのではないか?そのように、思えました。
そして、こんな情景を思い浮かべました。
ある日、お父さんがお母さんにこういうのです。
「うちの息子も立派に成人したことだし、わしの着物を寸法直しして息子に着せてやろう」と。
かくして、お母さん、もうぼろぼろになりつつあった大島に継ぎを当てまくりながら、息子のために仕立て直しをしたはったのではないか、と。

この貴重な、されど、ぼろぼろの大島。
頬擦りは、ようせんけど、頬擦りできる程度には、洗いました。

ほんまは、伸子張り(しんしばり)をして、ピンと伸ばしたいところなんやけど、とても、張力に耐えられそうにないので、こういう状態で置いてあります。






見よ!この荒涼たる原野を!!

絹の寿命は80年と聞いたことがあるけれど、まさに、その天寿を全うしたこの織物に最敬礼するとともに、一刻でも、一秒でもはやく、密閉袋に封印してしまいたい欲求に僕は駆られます。

ううー見てるだけで、痒うなってくる〜。







糸は、ささくれ立ち、触らなくても、繊維片がぱらぱらと落剥しそうです。
先日テレビで見たキトラ古墳の壁画をイメージしてしまいました。

そやけどね、みなさん、悪いことばっかりやおまへんで。
おかげさんで、僕はこの遊びが、やめられそうですねん。
よかったよかった。(わっはっは)

泥大島で思いっきり古そうなんは、あきまへんで〜!

ほな、さいなら。(おしまい)


(追記)しばらくのあいだは、家に置いてあげましたが、
つい先日、この古布は絣標本になることなく、市の清掃車に
乗って、行かはりました。はぁ〜〜ぁ、、、、。
(ほんとのおしまい)





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