旅から旅です。
前回の続きです。
問屋「最近なぁ、加賀友禅がえらい人気があるんや、知ってるか?」
悉皆「はい、存じております。染だけの友禅の着物でっしゃろ?」
問屋「そうや、うちでも扱こうてるんやけど、これがよう売れるんや。」
悉皆「はぁ、それで?」
問屋「あの加賀友禅ってなぁ、落款が入っているやろ?」
悉皆「はぁ、入ってますけど、あれは、なんかイヤ味ですなぁ。」
問屋「あぁ、今まで、京友禅では、あんな落款みたいなもんは、恥ずかしいから、入れへんもんな。」
悉皆「そうどす、第一、京都では全部、分業やさかいに、入れようが、おへんがな。」
問屋「そやな、衽に入りきらんほどの職人がこの着物に関わっているさかいにな。」
悉皆「そうどす、図案、下絵、糊置、彩色、地染め、縫い、金加工、その他もろもろの職人からハンコもろて来んならん。まるで、判取り帖やがな、はっはっは。」
問屋「あのな、笑い事やないんやで。すまんけどな、この訪問着にな、落款入れてほしいんや!」
悉皆「エェッ!そんなアホな!今も言いましたやんか。落款を入れようがないて。」
問屋「そこを、まげて、入れてくれ。ほな、たのむで!」
問屋悉皆さん、困りました。最初の図案家から最後の刺繍、金加工までの職人のハンコを入れるわけにもいかず、首を捻りつづけました。
そして、ついに、決断を下しました。
「しょうがないな、染色作家をでっちあげな、しゃあないがな。名前はなににしようかな?あっ、そや!露雲にしよ、なんとなく、染色作家らしいがな。」
当時、彼は住宅ローンに苦しんでいました。さて、問屋悉皆さんは、ハンコ屋さんで、落款を作って、豪華絢爛たる訪問着の下前の衽に、落款を入れました。
そして、再び、問屋さんに行きました。
悉皆「入れてきましたで。これで、よろしおすか?名前は露雲と書いて、ろうん、どす。」
問屋「あぁ、エエ名前やがな。そやけど、イヤな時代になったな。消費者が着物の良し悪しを仕事で見んと、落款の有る無しで見るようになるのかなぁ。」
悉皆「ほんまどすな。そのうち、安もんの着物にも落款が入るようになるのんと、違いますやろか?これは一体誰やねん、というような落款が蔓延るような、そんな予感がしますな。」」
問屋「あぁ、そうなったら、どんなしょうもない着物も作家もんの逸品呉服になるなぁ。」
悉皆「どちらにしても、これからも、落款入れんならんのどすか?」
問屋「そういうことや。それが時代のニーズや。ま、適当に入れといてぇな。」
こういう会話の果てに京友禅にも落款が入るようになりました。それからの推移は、みなさんもご存知かとは思いますが、型染めの小紋にまでヤヤコシイ、読めないような落款が入るようになりました。そのヤヤコシイ落款を消費者が有難がって(多分、名の有る作家だと思って)下前の衽に来るように仕立ててくれとおっしゃいます。そんなことをしたら、あとあとの為にならないことをご存知じゃないのです。
この長い物語を読んで、どのように思われましたか?加賀友禅はひとりの職人さんが、すべての染め工程をひとりで仕上げられます。
そういう意味では、加賀友禅は絵画の世界で言えば、落款入りの日本画のようなものです。
いっぽう、京友禅は複数の巨匠に描かせた絵画のようなものです。たとえば、唐子人形の模様で言えば、こちらをピカソに、あちらはルノワールに描かせて、背景の山々はセザンヌに描かせ、空はモネという具合です。まぁ、どんな絵になるか、もしくは、あなたがたに好きだと言ってもらえるかどうかは、定かではありませんが。
どうか、落款の有る無しで、着物の良し悪しを判断するのでなく、その着物の本質的なものを見て、着物を見てください。
お願いします。(旅)
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