25 不文律の掟


昔むかしのことですが、私が室町の問屋に勤めていた頃の話しです。初めて営業に出たときの話しです。
といっても、ひとりではなく、上司の助手として初めて呉服屋さんのお店に行ったときのことです。そのときに、上司が私に、こう言いました。
「三波春夫じゃないけれど、お客様は神様や。そやから、その神様が選ばはった着物は、褒めこそすれ、絶対に貶したらあかんで。ベタ褒めしてて丁度エエ加減や。お客様にほんまのことは、ゆうたらあかんのや。これは、呉服屋の不文律の掟やで。問屋にとっては、小売り屋さんが神さん。小売り屋さんにとっても消費者が神さんや。よう、覚えときや。」
私は、この教えを守ってずっと、仕事をしてきました。この掟と言うか教えは、ある意味では、人の道というか商人の道でもあるわけです。
これは、呉服屋だけの掟ではないのかもしれません。
でも、最近つくづく思うのは、この掟のせいで呉服業界が悪くなって行ったのではないかということです。
実例をあげて説明しましょう。
あるお客様と呉服屋さんの会話です。お客様はどこかで買った着物を着て、いつもの呉服屋さんに来ました。
時候の挨拶やら世間話が終わってから、、、。
お客様「ね、このお着物、どう思います?」
呉服屋「はいはい、結構なお召し物でございます。」
心の中(また、どこかで変な着物を買ってきたみたいだな)
お客様「これね、150万の値札だったけど、50万にすると言うから買ったの。」
呉服屋「はい、そのお着物でしたら、十分に150万以上の値打ちのものですよ。」
心の中(するわけ、ないだろ。いいとこ、原価30を50で売りつけられてるよ)
お客様「まぁ、良かった。もしかすると、ぼられているのじゃないかと心配だったの。でも、社長が太鼓判を押してくれたのだから安心したわ。」
客の心(じゃあ、あの呉服屋さん、良いものを安く売ってくれたのだから、また、行こうっと。)
呉服屋「勿論でございますよ。あなた様のような着物通をたぶらかすことのできる呉服屋など、あるわけがございませんとも。」
心の中(バッカだな。どうして、始めの150という数字を信用するのかな?ヤヤコシイ着物を買ってからに。でも、うちは老舗だから、そんな商売はできないよ。でも、結局は、僕はそのアクドイ呉服屋を擁護してしまったんだな。あ〜ぁ、いやになっちまうよな。本当のことを言えたらどんなに気持ちがいいだろうな。でも、ほんとのことを言ったとたんに、お客様は不機嫌になってしまうのは、目に見えているものな。このお客様は、自分のことを着物の目利きだと思っているからなぁ。)
この話しで、私が言いたいことは、本当のことを言わないせいで、悪徳商人を結局は野放しにしてしまったのではないだろうか、ということです。あるときに、あるひとにネット上でこう言われました。「呉服業界に悪徳呉服屋がいる責任は、業界が野放しにしてきたからじゃないの?」と。まぁ、そう言われてしまうと身も蓋も無いのですが、実際問題として、その営業をやめさせる方法もないとも思うのです。
しかし、唯一、方法はあるのです。お客様を不機嫌にさせることとなって、お客様を失う結果となろうとも、本当のことを言うのです。「その着物は、ぜ〜んぜん、値打ちがおまへん!」と。
では、このへんで、さようなら。

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